東洋ゴム株主代表訴訟事件
1 事件の概要
⑴ 東洋ゴムについて
東洋ゴム工業株式会社(TR,Toyo Tire & Rubber Co., Ltd.)は,大阪市西区内に本店を置く大会社である。
主な事業はタイヤ事業(3つの世界ブランド,売上高の約8割)であるが,これ以外にもダイバーテック事業(タイヤ以外のゴム製品)を営んでいる。 今回の企業不祥事を引き起こしたのはTRの100%出資による連結完全子会社である東洋ゴム加工品株式会社(CI,Toyo Chemical Industrial Products Co., Ltd.)である。
⑵ 免震積層ゴムについて
免震積層ゴムとは,薄いゴムと鋼板を交互に幾重にも重ね,鋼板によりゴム層を拘束することで,鉛直方向に堅く,水平方向に柔らかい構造を持った免震装置の建築材料である。免震積層ゴムは建築物と地盤を絶縁し,地震の揺れを長周期化(普通の建物の1/3~1/5の揺れにするとされる)することで地震被害を防止する。免震材料は国土交通大臣の認定を受けなければならず(建築基準法37条等),これに違反することは建築基準法違反となる。
申請者は,指定性能評価機関に“黒本”と呼ばれる書類を提出して審査を受け,当該機関から交付された性能評価書を添付して国土交通大臣に申請することにより,この大臣認定を受ける必要がある。
⑶ 事案概要
本件事案については,以下のURLにおいて社外調査チームの調査報告書が公表されているので,これを参照されたい。
http://www.toyo-rubber.co.jp/pdf/news/2015/150622.pdf#search=%27%E6%9D%B1%E6%B4%8B%E3%82%B4%E3%83%A0+%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8+%E5%85%8D%E9%9C%87%E7%A9%8D%E5%B1%A4%E3%82%B4%E3%83%A0%27
事案の概要としては,以下のとおりである。
TRの免震積層ゴム事業は,1996(平成8)年10月に免震事業推進部ができて以降本格化したが,1998(平成10)年頃から2012(平成24)年12月までの間は,約1年間を除いて基本的に一人の従業員Xに性能評価業務を実施させていた。
2012(平成24)年8月に,従業員Xとは別の従業員YがTRに入社し,免震積層ゴムの開発設計を担当するようになった。2013(平成25)年1月にXが異動となったことで免震積層ゴムの開発設計はYが一人で担当することになったが,同人は,同年2月頃G0.39というタイプの免震積層ゴムの性能指標検査のデータ処理に技術的根拠がないのではないかと疑いを持つようになった。
同年夏頃,Yは上司のCI開発部長にG0.39の性能指標検査のデータに関して不明な補正が実施されていることを報告するとともに,Xと顔を合わせた機会にXに質問をした。しかしながら,Xからは納得のいく説明はされなかった。
その後、CI社内での調査を経て、2014(平成26)年6月から7月頃に,TRにおいて全出荷のG0.39の性能指標について再計算したところ,TRがG0.39につき2003(平成15)年2月28日に取得した大臣認定に基づき出荷された製品のうち2004(平成16)年12月に出荷された物件以降のものはすべて基準に適合しないことが判明した。
こうした過程で,同年7月8日,TR取締役Aは出荷したG0.39の大臣認定について問題があることを認識し,他のTR取締役らに相談して協力を依頼した。そして,同月17日,TR本社で会議がなされ,G0.39の問題が報告されるとともに,同年7月から8月までの間にTR主導で調査が実施された。
2014(平成26)年9月11日,TR本社で行われた会議で,TR取締役社長亡BやTR取締役Cらの判断でG0.39の出荷停止方向で準備することになり,さらに,同月12日,TR取締役Aらは,顧問弁護士に相談した。その後,同月16日,TR本社で会議が行われ,午前中は9月19日に出荷予定の枚方寝屋川消防組合向けのG0.39について出荷停止の方向で,さらに国交省への報告内容についても検討された。しかしながら,午後になって,兵庫事業所の従業員から一定の補正をすると大臣認定の性能評価基準に適合できる旨の説明があり,一転して予定どおりの出荷が決定された。
2014(平成26)年10月23日,品質保証委員会(QA委員会)が開かれる予定だったが,直前に「社内特例」で処理し,リコール不要と決定され,QA委員会の開催は見送られた。その後も調査はするものの十分な対応はされず,G0.39の出荷も停止されないまま続いた。そして,2015(平成27)年2月2日に顧問弁護士から「今後は全ての立ち会い検査及び出荷を停止すべきである」と指摘され,ようやくTRは,同月2月9日に国土交通省へ一報を行った。
⑷ 他の同種事件
TRにおいては,2010(平成19)年にも断熱パネルで同様の企業不祥事が発生しており,さらに,防振ゴムや船舶配管用ゴムでも同様の不正行為を発生させている。
2 株主代表訴訟の経過
TRは,弁護士による社外調査チームを立ち上げ,その調査結果は,2015(平成27)年6月22日付けで公表された。
また,枚方寝屋川消防組合の関係者が,2016(平成28)年2月,上記2014(平成26)年9月16日の出荷判断について大阪地検特捜部に対して刑事告訴(不正競争防止法違反・虚偽表示罪)を行い,同年3月,TRに対しても強制捜査が行われた。
こうした中,TRの株主は,2016(平成28)年5月,TRに対して,上記免震積層ゴム問題について,TRの取締役らが黙認していた,内部統制システム構築義務を怠った,枚方寝屋川消防組合への出荷判断についても法令違反を認識していた,公表義務を怠ったなどと指摘し,TRの取締役らに対して責任追及する訴訟を提起するよう求めたが,TRはこれを行わなかった。
そこで,原告株主は,同年7月末,株主代表訴訟を提起した。
3 本件訴訟の意義
上記社外調査チームの調査によって,TRでは断熱パネル問題が発生した直後の緊急品質監査でG0.39の材料として用いるゴムの硬さに係る社内規格が,大臣認定の黒本に規定されている規格よりも緩和されていることが発覚し,これが社内で報告されたことが判明した。
しかしながら,社外調査チームは「これらについて詳細な調査をすべきか否かはTRが経営判断するべき事項であると思料する」としている。
会社によって設置された第三者委員会は,あくまで会社の依頼によって調査活動を行うものであるため,この調査過程の中で重要な事実が判明したとしてもその事実が調査依頼の範囲を超える場合は,真相究明や評価は,当該依頼会社が「経営判断するべき事項であると思料する」とせざるを得ない。このような意味で第三者委員会の調査活動には明確な限界がある。
実際,原告株主は,このような社外調査チームの指摘も踏まえ,TRの取締役らの責任追及を求めたが,TRはその責任を追及しようとはしなかった。
TRは,過去に同種の企業不祥事を繰り返しており,また,ダイバーテック事業においても類似の同種事件が繰り返されている。社外調査チーム(第三者委員会)による調査は形式的なものであり,依頼会社の免罪符に使用されている可能性は否定しきれないため,当弁護団では,こうした第三者委員会の調査活動の限界を踏まえて株主代表訴訟という手段により,本件における経営者の責任を明確にする考えである。
以 上