株主の権利弁護団

みずほ銀行株主代表訴訟事件

1 事件の概要

本件は,株式会社みずほフィナンシャルグループ(以下「みずほFG」という。)及び同社の子会社である株式会社みずほ銀行(以下「みずほBK」という。)が,同行系列信販会社たる株式会社オリエントコーポレーション(以下「オリコ」という。)との提携ローンにより,暴力団員ら反社会的勢力に対して融資を行っていた問題(以下「本件問題融資」という。)についての株主代表訴訟である。みずほFG、みずほBKが金融庁から業務改善命令を受けたこと等によってみずほFGが被った損害について,当時のみずほFG役員らに対して損害賠償を求める株主代表訴訟である。広くは、社会のインフラとしてのメガバンクの社会的責任を問う裁判である。

(1)本件問題融資の概要

 ア みずほBKの暴力団融資放置問題と金融庁の業務改善命令

みずほBKは,2004(平成16)年にオリコと包括業務提携を結び,個人向け融資の増大を目指した。オリコとの提携ローンは,オリコが融資先を選定し,みずほBKがオリコの選定した融資先に一括して融資を行うものであった。ここで,オリコが融資審査を行うにあたって融資先の属性をチェックするデータベースは,みずほBKと共有されておらず,かつ,みずほBKとして別個に属性チェックを行うこともしていなかった。そのため,本件問題融資(暴力団等の反社会的勢力への融資)の融資先が,みずほBK内の基準によれば反社会的勢力と認定されている取引先に該当することを認識しないままに融資が実現されたとのことであった。

みずほBKは,2010(平成22)年9月に,同行の持株会社たるみずほFGが,オリコに対する議決権比率を引き上げ,持ち分法適用会社にした後,同年12月までの間に行った自行による調査で本件問題融資の存在を認識した。すなわち,みずほBKコンプライアンス統括部が担当となって,オリコ側から提供を受けた顧客情報につき,みずほ側のデータベースによる照会を行った結果,228件の取引が,みずほFGの基準によれば反社認定先との取引に該当するというものであった。

かかる照会の結果は,2010(平成22)年12月27日付の「オリコ・キャプティブローン取引反社会的勢力認定作業結果」と題する報告書面にまとめられ,みずほBK担当者による確認を経て決済のうえ,2011(平成23)2月16日に開催されたみずほBKのコンプライアンス委員会に提出されるとともに,調査結果の報告がなされた。

また,同月22日に開催されたみずほBK取締役会,同年6月17日に開催されたみずほFGのコンプライアンス委員会,同年7月15日に開催されたみずほFGの取締役会においても,当該各委員会及び各取締役会に参加した役員らに対して,上記調査の結果,本件問題融資が発覚したことが報告された。具体的には,みずほBKにおいては,「当行取扱キャプティブローンの反社チェックについて(結果報告)」「掲題ローンの事後反社チェック~約108万件については反社・非反社の判定~を実施」「認定件数 228」等と記された資料が配付され,報告がなされた。また,みずほFGにおいては,「オリコのグループ会社化(10/9 月)を機にキャプティブローンの全既存先(1,085千件)についてスクリーニング調査を実施,228先を反社認定」等と記された資料が配付され,報告がなされた。

さらに,2011(平成23)年7月28日に開催されたみずほBKコンプライアンス委員会,同月29日に開催されたみずほBK取締役会,同年12月26日に開催されたみずほFGコンプライアンス委員会,2012(平成24)年1月20日に開催されたみずほFG取締役会においても,各委員会及び各取締役会に参加した役員らに対して,本件問題融資に関する報告が行われた。

しかし,みずほFG及びみずほBKは,本件問題融資を抜本的に解決することなく放置し,2012(平成24)年12月から平成25年3月にかけて金融庁による検査が行われ,2013(平成25)年9月27日に金融庁から以下のとおり業務改善命令が出されるに至った。

http://www.fsa.go.jp/news/25/ginkou/20130927-3.html

イ みずほBK担当者における虚偽報告・検査忌避の疑惑

みずほBKは,金融庁による検査の際に,みずほBKにおいて「反社会的勢力との取引が存在するという情報が担当役員止まりとなっている」と説明していた。具体的には,2013(平成25)年2月22日から同月26日までの間,金融庁の検査官が,みずほBKの担当者(以下「本件担当者」という。)に対して,「本キャプティブローンに係る事後チェックの結果が取締役会やコンプライアンス委員会に報告されているか,報告されていないとすればどのような理由に基づくのか」などについて尋ねた。これに対して,本件担当者が,「取締役会やコンプライアンス委員会には報告しておらず,その理由は,審査・与信管理をオリコが行っているため,みずほ BK が当事者として管理しなくてはならないとの認識が乏しかった点や,事後チェックの結果をオリコに伝えて,以降の取引拡大防止が図れていることを確認していたことでそれ以上の取組みに着意がなかった点にある」旨述べた。かかる面談時のやりとりは,面談記録として書面化され,みずほBKコンプライアンス統括部内で決済されている。

しかし,2013(平成25)年10月8日のプレスリリース(https://www.mizuhobank.co.jp/release/2013/pdf/news131008_2.pdf)において,みずほBKにおける「調査の結果,『経営陣まで一定の報告がなされていた」という事実が判明いたしました。』, 「あわせて,株式会社みずほFGについても,株式会社みずほBKのコンプライアンス委員会の内容を報告するという目的において,2011 (平成23)年6月から2012(平成24)年1月の間のコンプライアンス委員会及び取締役会における報告の中に,一部提携ローンにおける反社会的勢力との取引解消状況に関する記載がありました。」と発表し,金融庁による検査にあたって,事実と異なる報告をしていたことを認めるに至った。

https://www.mizuhobank.co.jp/release/2013/pdf/news131008_2.pdf)において,みずほBKにおける「調査の結果,『経営陣まで一定の報告がなされていた」という事実が判明いたしました。』, 「あわせて,株式会社みずほFGについても,株式会社みずほBKのコンプライアンス委員会の内容を報告するという目的において,2011 (平成23)年6月から2012(平成24)年1月の間のコンプライアンス委員会及び取締役会における報告の中に,一部提携ローンにおける反社会的勢力との取引解消状況に関する記載がありました。」と発表し,金融庁による検査にあたって,事実と異なる報告をしていたことを認めるに至った。

ウ 特別調査委委員会の報告書

みずほBKが設置した特別調査委員会の報告書によれば,上記の事実と異なる報告は,本件問題融資についての当時の担当者である本件担当者が,検査官から本件問題融資に係る「事後チェックの結果が取締役会やコンプライアンス委員会に報告されているか,報告されていないとすればどのような理由に基づくのか」などについて質問を受けた際に,「取締役会やコンプライアンス委員会には報告しておらず,その理由は,審査・与信管理をオリコが行っているため,みずほBKが当事者として管理しなくてはならないとの認識が乏しかった点や,事後チェックの結果をオリコに伝えて,以降の取引拡大防止が図れていることを確認していたことでそれ以上の取り組みに着意がなかった点にある」旨述べたとされている。

このような事実と異なる回答がなされた理由について,みずほBKとしては,金融庁の入検時及び2013(平成25)年6月11日付のBK法第24条第1項に基づく報告命令に対する報告をする際のいずれの時点でも,コンプライアンス統括部に現に所属する行員数名に対してヒアリングが行われたが,過去に同部に所属していた行員に対するヒアリングは行われなかったし,過去のコンプライアンス委員会議事録等関係資料を精査することもなされなかった結果,一担当者に過ぎない被告発人担当者の記憶のみに依拠して回答が行われたことにあるとされている。

エ 金融庁による再度の業務改善命令

みずほBK及びみずほFGに対しては,2013(平成25)年12月26日,本件問題融資に関して,再度,以下のとおりの業務改善命令が出された。

http://www.fsa.go.jp/news/25/ginkou/20131226-1.html

2 弁護団の活動

弁護団は,株主からの委任を受け,みずほFGの監査役らに対して,2013(平成25)年12月26日付で取締役らの責任を追及するよう提訴請求を行った。

しかし,みずほFG監査役らは,2014(平成26)年2月21日付の回答書において,取締役らの責任を完全に否定し,提訴の必要性はないと結論付けた。

弁護団は,これを受けて2014(平成26)年3月28日付で東京地方裁判所に訴状を提出し,株主代表訴訟を提起した。

3 本件訴訟の社会的意義

本件訴訟においては,国内において企業活動からの反社会的勢力排除の機運が高まる中で,特に金融機関においては,反社会的勢力の活動資金源となっては国内トップクラスのメガバンクであるみずほBKにおいて反社会的勢力への融資状況が役員らに報告されていたにもかかわらずこれを放置し続けたことについて,役員らの善管注意義務違反の存否が問われている。

具体的には以下のとおり。

(1)金融機関における反社会的勢力排除

企業における反社会的勢力排除の取組については,2007(平成19)年6月19日に,政府の犯罪対策閣僚会議幹事会申し合せとして「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」http://www.moj.go.jp/keiji1/keiji_keiji42.htmlが発出された。

政府指針には,「反社会的勢力に対して屈することなく法律に則して対応することや,反社会的勢力に対して資金提供を行わないことは,コンプライアンスそのものである」旨明記され,これにより,企業の反社会的勢力との関係遮断が,社会的責任の問題に止まらないコンプライアンスの問題であることが明確となった。

これを受けて,2010(平成20)年3月26日には,金融庁も,政府指針の基本的な考え方を踏襲し,主要行等向けの総合的な監督指針(http://www.fsa.go.jp/common/law/guide/city/以下「主要行等向け監督指針」という。)の改正を行い,「公共性を有し,経済的に重要な機能を営む金融機関においては,金融機関や役職員のみならず,顧客等の様々なステークホルダーが被害を受けることを防止するため,反社会的勢力を金融取引から排除していくことが求められる」ことが明記された(主要行等向け監督指針のⅢ-3-1-4-1「意義」)。

(2)主要行等向け監督指針における反社会的勢力排除態勢

主要行等向け監督指針において,「反社会的勢力とは一切の関係をもたず,反社会的勢力であることを知らずに関係を有してしまった場合には,相手方が反社会的勢力であると判明した時点で可能な限り速やかに関係を解消するための態勢整備・・・の検証については,個々の取引状況等を考慮しつつ,例えば以下のような点に留意することとする。」として下記の通り定められている。

【主要行等向け監督指針】

「反社会的勢力を社会から排除していくことは,社会の秩序や安全を確保する上で極めて重要な課題であり,反社会的勢力との関係を遮断するための取組みを推進していくことは,企業にとって社会的責任を果たす観点から必要かつ重要なことである。特に,公共性を有し,経済的に重要な機能を営む金融機関においては,金融機関自身や役職員のみならず,顧客等の様々なステークホルダーが被害を受けることを防止するため,反社会的勢力を金融取引から排除していくことが求められる。

もとより金融機関として公共の信頼を維持し,業務の適切性及び健全性を確保するためには,反社会的勢力に対して屈することなく法令等に則して対応することが不可欠であり,金融機関においては,「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」(平成19 年6月19 日犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)の趣旨を踏まえ,平素より,反社会的勢力との関係遮断に向けた態勢整備に取り組む必要がある。

特に,近時反社会的勢力の資金獲得活動が巧妙化しており,関係企業を使い通常の経済取引を装って巧みに取引関係を構築し,後々トラブルとなる事例も見られる。こうしたケースにおいては経営陣の断固たる対応,具体的な対応が必要である。

なお,従業員の安全が脅かされる等不測の事態が危惧されることを口実に問題解決に向けた具体的な取組みを遅らせることは,かえって金融機関や役職員自身等への最終的な被害を大きくし得ることに留意する必要がある。

(3)金融コングロマリット監督指針における反社会的勢力排除態勢

さらに,平成19年3月に制定された金融コングロマリット監督指針(金融コングロマリットとは,金融持株会社が経営管理会社として銀行,金融商品取引業者等複数の業態の者を子会社とする企業集団等)においては,「Ⅱ-3-1コンプライアンス(法令等遵守)態勢」として,「金融コングロマリットにおけるグループとしてのコンプライアンス態勢については,以下のような着眼点に基づき,検証することとする。」とされ以下のとおり定められている。

【金融コングロマリット監督指針】
「(2)グループ内会社によるコンプライアンス態勢の整備
⑧ 反社会的勢力への対応については,グループとして適切な対応ができる体制が整備されているか。また,警察等関係機関とも連携して断固とした姿勢で臨んでいるか。」

(3) みずほグループが構築すべきであった反社会的勢力排除体制の水準

このような社会的気運の中で,わが国を代表するメガバンクの1つであるみずほBKを傘下に持つみずほグループにおいては,単に反社会的勢力排除体制の構築が義務付けられるというに止まらず,より高度に「ベストプラクティス」としての反社会的勢力排除体制の構築が求められていたものといえる。

にもかかわらず,反社会的勢力との取引が発覚したにもかかわらず,その対応を放置し,会社に損害を発生させたことについて,みずほFGの役員らに法的責任はないのか。本件訴訟においては,この点を明らかにしていきたい。

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