川崎重工株主代表訴訟事件
1 事件の概要
川崎重工業株式会社(以下「川崎重工」という。)は,平成23年9月に公示された陸上自衛隊発注の企画競争方式による次期多用途ヘリコプター「UH-X」の開発事業において,他社との競争に勝ってUH-X開発企業と選定され,平成24年3月に35億2800万円でその開発を受注した(以下「本件契約」という。)。
しかしながら,上記受注過程で不正が行われているとの情報が防衛省に入った。このことを契機に,平成24年9月,東京地検特捜部の強制捜査が開始され,川崎重工の複数の従業員が,官製談合防止法違反事件の被疑者(共犯)として取調べを受けた。
捜査の結果,川崎重工と発注者たる防衛省の担当部局が,企画競争の公示前に,情報交換を行ったり,評価基準案等について,川崎重工がライバル社より有利となるような「差別化」や「仕込み」を行っていたこと,及び川崎重工が防衛省側から内部資料やライバル企業の提出書類を極秘に交付してもらっていたことなどの不正行為が判明した。
その結果,同年12月,防衛省の職員2名は,官製談合防止法違反で起訴され,平成25年1月,東京簡易裁判所において,罰金各100万円の略式命令を言い渡された。
そして,防衛省は,上記不正行為を理由に,平成25年2月,川崎重工に対し,UH-Xの試作研究開発契約について無効通知を行い,同年7月,2ヶ月間の指名停止処分を行った。
川崎重工の株主は,川崎重工の取締役らが,上記官製談合防止法違反事件に関与又は黙認をしていた,若しくは違法行為防止のための内部統制システム構築義務を怠ったとして,同年7月,川崎重工に対し,取締役らに本件契約代金,研究開発費及び信用棄損など合計46億2800万円の損害賠償を求める訴えを提起することを請求した。
原告株主は,川崎重工が訴えを提起しなかったので,当弁護団に委任し,株主代表訴訟を提起した。
2 株主代表訴訟の経過
原告は,平成26年6月,神戸地方裁判所に,川崎重工の代表取締役社長と法務担当取締役2名の責任を問う株主代表訴訟を提起したところ(役職は訴訟提起時のものである),川崎重工は,同年8月に被告側に補助参加をした。
同訴訟は,現在も神戸地方裁判所において審理が続いている。
3 本件訴訟の意義
本件官製談合防止法違反事件の背景には,いわゆる天下りによる官と民との癒着体質がある。
防衛省にとっては,仮に多大なコストがかかったとしても純国産ヘリコプターを開発したい,又は防衛省がこれまで開発してきた国産エンジンを実用化したいという思いがあり,これを提供する能力があると見込まれた川崎重工にUH-X開発をさせたいという意向を有していた可能性がある。
また,川崎重工も,自社が受注できるようにするために,防衛省の意向に従って,競争の公正さを阻害することを知りながら上記「差別化」や「仕込み」を行った可能性がある。
我々弁護団は,少なくとも経営陣の一定の者はこれらの違法行為を知った上で関与又は黙認をしていたと考えている。
取締役の任務には法令を順守して職務を行うことが含まれる(会社法355条)。また,取締役は従業員の職務が法令に適合するように確保するための体制を構築する義務も負う(会社法362条4項6号,5項,会社法施行規則100条)。
公正な競争の実現というのは,自由競争経済秩序においてもっとも重要なものであり,これを無視して不公正な競争活動を行い,さらにその違法な活動の結果,会社に損害を与えた経営者は,その責任を問われなければならない。
本件株主代表訴訟は,この経営者責任を明確にするためのものである。
以 上