株主の権利弁護団

第一生命株主代表訴訟事件

1 事件の概要

第一生命保険株式会社は,特定の政治家に対し,パーティー券の購入,接待,選挙応援等を行い,その特定政治家から生命保険会社が何らかの「見返り」を受ける関係=「企業と政治家との癒着関係」を築いていた疑いがあった。

会社によるこのような政界工作活動は,政治資金規正法等の法令や会社の定款,取締役の善管注意義務等に違反する違法なものであると考え、会社法847条3項・同423条1項等に基づき,当時の担当取締役(現在の代表取締役)に対し,株主代表訴訟を提起した。

2 株主代表訴訟の経過

(1)原告は,平成23年6月,東京地方裁判所に,第一生命の担当取締役の責任を問う株主代表訴訟を提起した。

訴訟の審理が進行する中で,第一生命は,一部国会議員について毎回10枚以上のパーティー券を購入していたにもかかわらず,実際には1,2名しかパーティーに出席していなかった可能性があることがわかった。仮にそれが事実であるとすれば,参加予定のない人数分のパーティー券の購入は,パーティー券購入を仮装した政治家個人に対する「寄附」として政治資金規正法に違反する可能性があるため,パーティーへの実際の参加人数を明らかにすべく,弁護団は,第一生命が所持する政治資金パーティーへの参加状況が記載された文書について,文書提出命令を申し立てが、対象文書が会社の内部文書であること等を理由に,文書提出命令は却下された。

(2)原告は,①第一生命は,国会議員側からの依頼に基づき,出席予定人数を定めないままパーティー券を購入しており,実際にパーティーに出席する人数は多くても5人であつたから,5枚を超過する部分の代金は,政治資金規正法が禁止する「寄附」に該当する,②第一生命は,出席を予定していないパーティー券を,違法な便宜供与を得る不当な目的をもって購入していたものであることからすれば,パーティー券の購入は著しく不合理であり,上記①,②について被告に善管注意義務違反が存在するとして,第一生命が平成16年度から平成22年度までに購入した政治資金パーティーのパーティー券のうち,5枚を超過する部分に相当する458万5000円分につき,被告に対し,同金員および遅廷損害金を第一生命に支払うよう求めた。

(3)平成27年5月,一審判決が言い渡された(商事法務2015年8月号No.377号)。判決は,本件パーティー券の購入は,社会通念上,対価関係を著しく損なっているとは認められないから,政治資金規正法「寄附」に当たるとは認められない,などとして原告の請求を棄却した。

(4)平成28年7月,控訴審判決が言い渡された(商事法務2016年10月号No.391)。判決は,一審同様,被告の責任は否定されたが,下記3で詳述の通り,出席を予定しないパーティー券の購入が「寄附」として違法となり得る旨,明示された。

(5)上告受理申立を行ったが,平成29年2月,上告不受理となった。

3 本件訴訟の意義

本件訴訟によって,出席を予定しないパーティー券の購入の可否について,裁判所の判断が明らかにされた。

(1)第一審の判断

パーティー券の購入に伴う代金の支払であっても,社会通念上,その対価的意義を著しく損なう支払であると評価される場合には,当該支払が「寄附」に当たることはあり得るが,本件会社においてパーティー券を購入する場合の事務手続,パーティー券の1回当たりの購入の規模(20万円,10枚を限度とする。)と本件会社の規模との対比,パーティー券を購入した政治資金パーティーには,必ず何人かの従業員が出席していたこと等の実情に照らせば,本件会社による5枚を超えるパーティー券の購入が,社会通念上,対価性を著しく損なっているとは認められないから,「寄附」に当たると認めることはできない。

(2)控訴審の判断

パーティー券の購入代金の支払は,その代金額が政治資金パーティーヘの出席のための対価と認められる限り,「寄附」には当たらないが,パーティー券の購入代金の支払実態,当該パーティー券に係る政治資金パーティーの実態,パーティー券の金額と開催される政治資金パーティーの規模,内容との釣り合い等に照らして,社会通念上,それ自体が政治資金パーティー出席のための対価の支払とは評価できない場合にはその支払額全部が,また,その支払額が対価と評価できる額を超過する場合にはその超過部分が「寄附」に当たる,と判示した。

そして,出席を予定しないパーティー券の購入は「寄附」に該当し得るものの,賄賂罪における対向犯と同様に,購入者が出席を予定せずに支払った(「寄附」である)と,主催者側も認識することが必要であるとし,本件においては,主催者側の認識が認められず,「寄附」に当たると認めることはできない。

(3)小括

以上の通り,控訴審においては,第一審と異なり,出席を予定しないパーティー券の購入が対価関係を欠いているため違法な「寄附」に該当するという原告の主張が採用された点は,本訴訟の大きな意義である。
もっとも,主催者側の認識のみで左右され,政治資金規正法に違反するような出席を予定しないパーティー券の購入を繰り返していた取締役の責任を安易に否定すべきではなく,今後,同様の案件において,更に踏み込んだ判断が期待される。

4 主任弁護士

阪口徳雄,金啓彦,大住洋,笠井計志

以 上

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