株主の権利弁護団

シャルレMBO株主代表訴訟事件

1 MBOの問題点

当弁護団では、シャルレが実施しようとして頓挫したMBOについて、取締役らの責任を問うべく株主代表訴訟を提起した。

MBOとは、「経営者が資金を出資し、事業の継続を前提として対象会社の株式を購入すること」と定義され、端的に言えば、経営陣による会社の買収である。

MBOは、経営者という会社内部の人間が一般株主から株式を購入することになるため、以下のような問題点が指摘されている。

第1に、利益相反的構造である。すなわち、MBOは経営者が当該会社の支配的な割合の株式他の株主から買い取る取引であるから,買主たる経営者はできるだけ安く株式を買いたいと考えて行動するし,他方,売主たる他の株主はできるだけ高く売りつけたいと考えて行動する。このような双方の自己利益追求行為の中で,株主の利益を代表すべき取締役ら経営者側が自ら株主から対象会社の株式を取得することになる。この利益相反構造ゆえに、経営者側は、買主としてなるべく安く株式を買えるよう行動しようとするため,意図的に会社の価値を低くし,他方当事者である他の株主らの利益を無視して株価を下げてしまう危険がある。

第2に、情報の非対称性である。すなわち、MBOの取引においては独立当事者間の取引とは異なり,取締役は対象会社に関する正確かつ豊富な情報を有していることから、MBOの場合には、株式の買付者側である取締役と売却者側である株主との間に大きな情報と交渉力の格差が存在することになる。この情報や交渉力の非対称性,格差ゆえに、業績の下方修正を行い、あるいは、開示すべき情報を開示しなくなり、また、仮に株価を引き下げるように行動したとしても、株主側には、判断材料にするための情報がなく、その問題点に気付くこともできない。

これらのMBOにおける情報・交渉力の格差,買主の利益相反性の弊害を防止する歯止めとして,経済産業省は,平成19(2007)年9月4日に「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」を公表し,この指針をベースとした法的対応が一般に受け入れられている。この指針は,①MBOが望ましいか否かは企業価値の向上の有無を基準に判定すべきこと,②MBO価格の決定についての公正な手続を通じた株主利益の配慮,③株主の適切な判断を確保するためのディスクロージャーの充実,④強圧的な公開買付でないこと,⑤社外役員又は独立した第三者委員会の活用,⑥弁護士・アドバイザー等の独立したアドバイスの取得などを定めている。

2 シャルレMBO事件について

平成20年9月、シャルレは創業家によるMBOを発表した。しかし、その後、大阪証券取引所などに創業家の利益相反行為についての内部通報が相次ぎ、平成20年12月、MBOは頓挫するに至った。

この事件について、当弁護団は、利益相反行為をしたとされるシャルレの創業家の責任を追及し、また、社外取締役については、創業家の利益相反行為を止めなかった責任があると考え、創業家取締役及び社外取締役に対して、株主代表訴訟を提起した。

当弁護団が、本件について株主代表訴訟を提起したのは、本件が、利益相反構造や情報の非対称性というMBOの病理により一般株主の利益が侵害された典型的な事例であると考え、これに関与した取締役の責任追及を通じて、今後MBOを行おうとする企業の取締役に対して警鐘を鳴らし、一般株主の利益を守りたいと考えたからである。

3 株主代表訴訟の経過

(1)原告は、平成21年、神戸地方裁判所に、創業家取締役と社外取締役の責任を問う株主代表訴訟を提起した。

(2)平成26年10月に一審判決が言い渡された(金融・商事判例1456-15)。創業家取締役に対して、約1億9000万円の賠償を命じたが、社外取締役の賠償責任は否定された。

(3)平成27年9月に控訴審判決が言い渡された(金融・商事判例1481-28)。一審同様、創業家取締役の責任を認め、約1億2000万円の賠償を命じたが、社外取締役の賠償責任は否定された。

(4)上告受理申立をしたが、上告不受理となった。

4 本件訴訟の意義

(1)取締役の義務について

本件では、創業家取締役が、買付者側の想定価格に近付けるため、根拠のない、あるいは根拠の薄弱な利益計画による数字合わせを図り、算定手法の選択や類似業者の選定に係る株価算定機関の算定方法に不当に介入した事実が認められた。

本件は、まさに利益相反構造や情報の非対称性というMBOの病理により一般株主の利益が侵害された典型的な事例であるところ、このような案件において、利益相反行為を行った取締役の責任が認められた意義は大きいといえる。本件は、今後のMBO分野における取締役の注意義務に関する重要な先例となると思われる。

なお,一審判決は,「取締役は,企業価値の向上に資する内容のMBOを立案,計画した上,その実現(完遂)に向け,尽力すべき義務」を負っているとし,取締役は,この義務の一環として,公開買付価格それ自体の公正さはもとより,その決定プロセスにおいても利益相反的な地位を利用して情報量等を操作し,不当な利益を享受しているのではないかとの強い疑念を株主に抱かせぬよう,その価格決定手続の公正さの確保に配慮すべき義務ないしは「手続的公正配慮義務」を負っていると判示した。

控訴審判決は、上記義務までは認めなかったが,取締役は、委任者である会社に対し、善管注意義務を負っているところ、会社の営利企業たる性格に応じて、かかる義務は株主の利益最大化を図る義務に引き直され、かかる義務に違反する行為により会社に損害を生じさせた場合にはこれを賠償する責任を負うとした。

その上で、取締役には、MBOの合理性確保義務と公正な手続を通じた株主利益への配慮義務があるとされた。これはMBOにおける買主たる経営者の利益相反性や買主・売主間の情報や交渉力の格差(情報の非対称性)に鑑み,経営者の自己利益追求行為について一定の歯止めをかけたものと評価できる。

本件では、上記のとおり、創業家取締役による、株式価値の算定に対する介入行為が具体的に認定されており、その上で、上記の公正な手続を通じた株主利益への配慮義務に違反したとされ、損害賠償義務が認められた。

他方、社外取締役の行為については、違法性を否定しているが、その前提となった事実認定ないしその評価について、当弁護団としては納得しがたい。

また、MBOについて、株主に対する情報開示義務があるとされており、この点は妥当であるが、本件の事実経過に即して、結局は、情報開示義務違反はないとしており、かかる認定についても、当弁護団としては、納得しがたい。

本件判決によって、MBOにおける利益相反的構造や情報の非対称性に由来する取締役の問題行為について、善管注意義務違反として損害賠償責任が生じ得ることが示され。これは、本件判決の大きな意義でありMBOにおける取締役の利益相反的行動を牽制し、一般株主の利益保護に資することになると思われる。

(2)文書提出命令について

本件訴訟では、MBOに関する資料について、文書提出命令が発令されている(原決定:神戸地裁平成24年5月8日、抗告審:大阪高裁平成24年12月7日)。当弁護団としては、この文書提出命令についても、株主代表訴訟実務やMBO実務にとって、意義のある成果であったと考えている。

MBOについての取締役責任が追及される訴訟において、株価算定の基礎となる利益計画の試算経過を記載した書面、役員ミーティング関連資料、被告取締役が受発信したメールなどの内部資料の開示を命じる画期的文書提出命令が、地裁のみならず、高裁レベルでも発せられた意義は、極めて大きいといえる。

証拠偏在型訴訟の典型である株主代表訴訟において、会社内部での取締役の議論過程を示す内部文書の開示がされることは、極めて稀であり、今回の文書提出命令は、MBOの適正性を検証しようとする株主にとって、極めて大きな武器になる。

原決定、抗告審決定とも、手続の適正性に疑念のあるMBOについては、たとえ内部文書であっても、株主による検証にさらされるべきであるという姿勢を打ち出しており、MBOの問題点を踏まえた妥当な決定である。

本件のごとき不公正なMBOを実施すれば、MBOのプロセスについての内部資料の開示を通じて、株主によるチェックを受け、違法・不当な行為があれば、それが白日の下にさらされることになるのだから、今後のMBO実務に与える影響も大きいと思われる。

MBOには、情報の非対称性問題があるところ、今後は、このような文書提出命令の存在も踏まえ、MBOの実施過程においては、株主利益保護のため、いっそう積極的な情報開示がされるべきであろう。

5 主任弁護士

前川拓郎,加藤昌利,白井啓太郎,須井康雄,富田智和

以 上

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