株主の権利弁護団

住友電工株主代表訴訟事件

1 事件概要

住友電気工業株式会社(以下「住友電工」という。)は,2009(平成21)年6月2日,公正取引委員会(以下「公取委」という。)から東日本電信電話株式会社(以下「NTT東日本」という。)等の事業者及び株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ(以下「NTTドコモ」という。)が発注する光ファイバーケーブル製品等の販売に関してカルテルを結んでいた疑いで立入検査を受けた(以下「光ケーブル事件」という。)。

また,住友電工は,2010(平成22)年2月24日,公取委からトヨタ自動車株式会社,ダイハツ工業株式会社,本田技研工業株式会社等の事業者が発注する自動車用ワイヤーハーネス及び同関連製品等の販売に関してカルテルを結んでいた疑いで立入検査を受けた(以下「ワイヤーハーネス事件」という。)。

住友電工は,光ケーブル事件について,同年5月21日,公取委から私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という)3条に違反する行為があったとして排除措置命令及び金67億6272万円の課徴金納付命令を受け,ワイヤーハーネス事件については,2012(平成24)年1月19日に金21億222万円の課徴金納付命令(排除措置命令はなし)を受け,それぞれ同額を支払った。

住友電工の株主である原告は,住友電工に対し,取締役らには,①上記カルテルに関与又は黙認した過失,②カルテル防止に関する内部統制システム構築義務違反,③課徴金減免制度に関する内部統制システム構築義務違反,④実際に課徴金減免制度を利用しなかった過失又は他社に先駆けて利用しなかった過失があるとして,上記課徴金全額につき,住友電工から取締役らに対して損害賠償請求をするよう求めたが,住友電工はこれを行わなかった。

そこで,原告は,住友電工内部での自浄作用は期待しがたいと判断し,当弁護団が原告代理人となり,本件株主代表訴訟を提起した。

2 株主代表訴訟の経過

原告は,光ケーブル事件については,2010(平成22)年12月1日に,ワイヤーハーネス事件については,2012(平成24)年10月5日に,それぞれ大阪地裁へ提訴した。

原告は,光ケーブル事件については,住友電工に対して取締役会議事録の閲覧謄写を求めて任意にこの開示を得るとともに,公取委の保有する記録についても文書提出命令の発令を求め,2012(平成24)年6月15日に文書提出命令が出された。原告は,この公取委の記録に基づいて,一部の被告らの光ケーブル事件へ関与黙認について具体的な主張を行ったが,これについては被告らから営業秘密であることを理由として訴訟記録の閲覧制限がなされ,2013(平成25)年5月20日にこの閲覧制限が認められた。

原告は,ワイヤーハーネス事件についても公取委の記録について文書提出命令を求めたが,公取委や被告から,文書提出命令が出されれば課徴金減免制度を利用しようとする事業社を躊躇させ課徴金減免制度の運用に支障を与える,又は同事件が国際カルテル事件であり公取委の記録が流出すれば外国での民事訴訟(3倍賠償制度やクラスアクション制度)への影響が極めて大きいなどという反論がなされた。

光ケーブル事件については,争点整理案が作成され,一部の被告らの尋問についても日程が調整された。

3 和解の経緯

2013(平成25)年11月ころから,裁判所から原被告双方に対し,一定の解決金の支払と裁判所外での真相解明や再発防止に向けた枠組みを作ることでの和解勧奨があった。

裁判所としては,ワイヤーハーネス事件における文書提出命令について公取委等が指摘する国際カルテルの観点は,欧州等の諸外国との競争当局の見解や民事訴訟手続との整合性も無視し得ず,むしろ裁判所外での真相解明や再発防止を検討してはどうかというものであった。

2014(平成26)年3月31日付けで双方に正式な和解勧告がなされ,同年5月7日,以下の内容の和解条項で和解が成立した。

4 和解の概要

(1) 住友電工は,光ケーブル事件及びワイヤーハーネス事件について,株主に対する説明責任を果たすことを目的として,その事実関係,発生原因及び責任の所在に関する更なる調査と実効的な再発防止策の策定を,本日から1年間を目処に行い,策定された再発防止策を誠実に実行する。

(2) 住友電工は,この調査及び再発防止策の策定のために,外部委員で構成される調査委員会(コンプライアンス検証・提言委員会)を設置する。

(3) 委員会を構成する外部委員は3名とし,うち1名は利害関係人と原告が一致して推薦する弁護士(双方が一致して推薦できない場合は大阪弁護士会に推薦依頼を要請して決定する。),うち1名は利害関係人の推薦する弁護士,残り1名は原告が推薦する弁護士を選任する。

(4) 委員会は,調査終了後1ヶ月を目処に調査報告書を作成し,これを利害関係人に提出し,利害関係人は受領した調査報告書を速やかに公表する。ただし,本委員会は,同調査報告書を公表することにより,住友電工及び株主に対して著しくかつ具体的な不利益が生じる可能性がある場合は,公表の時期や方法につき配慮を行う。

(5) 住友電工は,光ケーブル事件及びワイヤーハーネス事件に関する過去の社内調査を含む資料を委員会に提供するとともに,従業員及び取締役が本委員会の調査に応じるように命じることとし,委員会による調査に対して真摯に協力する体制をとる。

(6) 被告らは,住友電工に対し,連帯して解決金(略)の支払義務があることを認め,この金員全額を,2014(平成26)年7月末日限り,住友電工が指定する銀行口座に振込入金する方法により支払う。

(7) 住友電工は,上記解決金を,上記委員会に関する費用,内部通報制度の外部受付窓口の運営費用,コンプライアンス推進の目的を含むマニュアルの整備のための費用,社員の研修プログラム充実のための費用,その他コンプライアンス体制を推進するために住友電工が必要と認めた施策のための費用に充当する。

(8) 原告は,今後,住友電工の現在及び過去の取締役,監査役並びにこれらの相続人に対して,本和解成立日以前の行為又はそれに起因する事実に関する株主代表訴訟を提起しない。

5 和解の意義

(1) 調査委員会及び調査委員の構成について

今回の調査委員会の外部委員は3名の弁護士とし,うち2名は住友電工と株主がそれぞれ推薦する委員であるが,残る1名についても住友電工と原告が一致して推薦する弁護士(双方が一致して推薦できない場合は大阪弁護士会に推薦依頼を要請して決定する。)とした。

過去,橋梁談合事件における複数の和解において,株主が推薦する外部委員1名を第三者委員会へ送り込んだ例はあったが,今回の調査委員会では,これをさらに進めて,株主の意向が1人+0.5人=1.5人まで反映されることとなった。この株主の意向を反映させた調査委員構成についても先例的に大きな意義がる。

さらに,住友電工事件の和解の最大の意義は,委員長候補を双方が一致する弁護士とした点であり,この点は極めて「画期的」である。従前は委員長候補も事実上会社が推薦するので、株主推薦委員が苦戦してきたが,委員長候補を双方が一致するとした点は調査委員会の中立公正性を担保する上でも大きな意義を有する。

 (2) 和解の是非について

株主代表訴訟は,会社の被った損害を回復するために株主が取締役の責任追及をするための訴訟である。また,コンプライアンスについて,会社内部での自浄作用は期待しがたい場合に,株主の立場からその是正を行おうとするものである。

しかし,その結果,会社に二次的な損害が発生する可能性がある場合,株主代表訴訟を追行するかは評価が分かれる難しい問題である。

当弁護団は,光ケーブル事件については,会社ぐるみのカルテルが行われていたのではないかと考えており,また住友電工が課徴金減免申請を怠り,多額の課徴金の支払いを命じられたことについては,取締役らの善管注意義務違反は免れないと判断していた。

しかし,住友電工は,ワイヤーハーネス事件においては米国で他社に先駆けてリーニエンシーを行い,課徴金(罰金)の免除を獲得した模様であった。仮に同事件について一部の取締役らの損害賠償責任が肯定されたとしても,住友電工が外国で多額の損害賠償請求訴訟にさらされ,かえって会社に損害を与える可能性があるとすれば,それは本来株主が意図していたものとは違った結果となる。

本件においては,裁判所の和解勧告により一定の損害回復がなされるとともに,真相究明に向けて調査委員会の調査と提言が行われることにより,一定のコンプライアンス体制改善に向けての保障がなされたと判断したものである。

 (3) 解決金について

被告らが支払う解決金は,我が国における同種の株主代表訴訟における和解でも最高額である(和解時点。なお,それまでの最高額は2001年に住友商事株主代表訴訟で和解した金4億3000万円)。

金額や被告ら全員が連帯して住友電工に支払うことを考慮しても,原告としては被告ら全員が光ケーブル事件及びワイヤーハーネス事件で発生した損害について責任なしとしないという前提での和解に応じたものと解釈している。

原告としては,上記解決金額については,本件訴訟で判明した被告らの関与程度を考慮し,一定の考えをもって積算した。しかし,和解であるので,その内容については公表を差し控える。

6 備考

本件においては,公取委が調査の過程で収集した資料について,インカメラ手続を経て,証拠調べの必要性及び民訴法220条4号ロ該当性を一部認めて,文書提出命令が発令されている(大阪地方裁判所平成24年6月15日決定判例タイムズ1389号352頁・判例時報2173号58頁)。

7 主任弁護士

由良尚文,塚田朋子,原正和,古川拓,加藤昌利,
富田智和,岡本仁志,矢吹保博,杉村元章,城之内太志

以 上

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